いのちのピラミッド
生きものは「食べる・食べられる」でつながり、下から上へ積み上がるピラミッドのような階層をつくる。段をタップすると、その段の顔ぶれが分かる。手前を上る光の粒は、エネルギーの流れ——上の段に行くほど粒が少ないのは、伝わるエネルギーが一段ごとにおよそ1割に減っていくから。
なぜ、私たちは毎日ここを見ているのか
有明海のピラミッドをもう一度見てほしい。一番下の段には、珪藻や植物プランクトン、そしてアサリがいる。ここから、3つの問いを置く。
1一番下の生き物たちが、いなくなったらいけないのはなぜか
一番下の段は、他のどの段よりも多くの命を支えている。珪藻がいなくなればアサリは生きられず、アサリがいなくなればシオマネキもムツゴロウも、渡り鳥も、魚も、少しずつ居場所を失っていく。ピラミッドは下から崩れる。上の段を一つ守るより、下の段を守るほうが、ずっと多くの命を守ることになる。
2その生き物たちを、増やさなければならないのはなぜか
有明海のアサリは、昔に比べて大きく数を減らしてきたと言われている。理由は、私たちにもまだはっきりとは分かっていない。ただ、このまま一番下が痩せていけば、その上に積み重なっているはずの命——干潟を這う生きもの、渡ってくる鳥、海から糧を得てきた人の営み——も、少しずつ痩せていくしかない。
3私たちが、それを毎日観察して増やそうとしているのはなぜか
私たちは専門家ではない。海のことも、まだ何も知らないところから始めている。だからこそ、一日だけ見ても分からないことを、同じ場所で、同じように、毎日見続けている。塩分・水温・比重を測り、アサリがどこでどれだけ育つかを記録する。答えをすでに持っているからではなく、まだ持っていないから、見続けている。積み重なった記録の先に、何かが見えてくると信じて。
なぜ上に行くほど数が少ないのか。 生きものが食べた物のエネルギーのほとんどは、呼吸や体を動かすことで熱として失われる。次の段へ渡せるのはおよそ1割だけ。だから頂点の生きものは、下の段に比べて圧倒的に数が少なく、頂点が少し欠けただけでピラミッド全体が崩れやすい。分解者は、死がいやふんを土や水に還し、ふたたび生産者の栄養にする——ピラミッドを支える、もうひとつの循環。